最近不安定ながら調子が続いています。ほんとに歩き始めたあかんぼのように、えっこらおっこらですが笑 自分の足で立って日常を乗り切ることが出来ています。
私はうつがくどい方ですが、とくに診断される前のうつがひどくて、マニュアル通りの落ち込む、気力がない、物事に興味を失うとか内面的なダウンじゃないんですよね。自分の中身というより、自分の殻がうつで、つまり例えば友達ににこにこ笑って挨拶したいし、そうゆう会って嬉しいって気持ちが心からあっても、それを表す「笑顔」が作れない。
私にとってうつは今までも、表現する能力が著しく奪われることでした。表情もそうだけど、動きの俊敏さ(モータースキル)、書くこと、話すこと。
うつの二次的な焦りもあるんだろうけど、みんなが見える、つまり「表す」ことで伝わる自分の「殻」はただぼーっとした文字通り抜け殻でも、内側は案外エネルギーあふれていて、周りと接したい気持ちが強いし、皮肉含みに思いっきり笑ったり、もう狂気に近くどうでもいいや!ってカオスに遊んでいたり、でも全部外に現せなくて、孤独の中での無駄な抵抗で、その孤独がさらにうつを悪化させる=殻から抜け出せなくなるの連鎖を作ったと思います。
脱線するけれど、「こどものおもちゃ」って私の大好きな漫画があって、主人公のさなちゃんが彼氏のはやまと離れることになっちゃった時、あまりのショックでさなちゃんは、自分は笑ったり怒ったりふつうにしているつもりだけれど、それが表情として出てこないって言う「人形病」と診断されるんだけど、私がこのうつの状態を何て呼ぶんだろう、アパシーかな?と言葉を捜していた時、あ、さなちゃんのこれかー!と思ったことがありました。笑 とてもつらい状態に大好きな主人公とつながる言葉がついて嬉しかったです。
今は、不安定ながら調子があって、喜怒哀楽を一応表現できるし、休み休みだけど動ける。
ある一定の余裕をもって、自分の内面を表せることはもちろん喜ばしいし、十年前のうつの私からすればこんな安定に殻から出て周りに自分の存在を表せて孤独から一時的でも解放されることより喜ばしいことはないだろうけど、
ある一定の余裕をもって、自分の内面を表せることはもちろん喜ばしいし、十年前のうつの私からすればこんな安定に殻から出て周りに自分の存在を表せて孤独から一時的でも解放されることより喜ばしいことはないだろうけど、
今の状態をばねに、自分を表して周りにそれを伝える以上に、外のことを吸収したいな、本読んだり人の話しを聞いたり。表現って自分を表すというアウトプットだけじゃなくて、外に存在する莫大なたくさんなことをインプットできるようになることでもあるのかもなと新しい発見です。
うつの「人形症状」(何気に英語に the doll symptom)笑は、殻の中で自己完結した形で暴れることはできたけど、自分を表すことはおろか、外のことを落ち着いて自分に流し込む余裕もなかったから、そっちをもっと積極的にしたい、そして大事なことがあれば、自分のものとして逆に積極的に体現したいって今回のうつ脱出では、それが新たな気持ちの切り替えかもしれないです。
りさ