2017年03月07日

タラレバな話し

※考えてみれば、書いた例って全部ひどいうつで大学休んだ後に躁転してやったことだし、元からうつが長いことや、躁エピソードも同じ時期にやらかしてたドロドロした部分を省いていい思い出ばっか切り取っている感じ。やっぱり「早期発見」はさけられなかったし、されてなくてもうつで結局どっかでダウンしてそうだし^^;この仮説そのものがあんまり現実味ないなぁ。と起きてから思いました。

私はいわゆる「早期発見」で躁うつと向き合うのが早かった。
でももしも、19じゃなくて、例えば30で診断に行き着いてたらどうだっただろう?

19の時には、私は躁が長いのもあって色々したい事を躁的にだが積極的にやってた。
自慢じゃないが、アートが好きで、美術館巡りで、キュレーターさんに声かけられて、新米アーティストの個展にひっついてって、関係者扱いで意見をお願いされたりして、アートの道を行ってたかも。

お花屋さんのバイトもやってて、上司に、専門学校行ってお花関連の資格取ったら、うちに就職しにおいでと言ってもらえて、そこで就職してたかもしれない。

ベビーシッターもやってて、保母さんの資格も実はかなり本気で取得しようとしてた。子供への責任絡むから躁状態で実現してたら一番リスクあったかもだけど、それが一番社会参加的にあり得たと思う。

ハムスターカフェもあって、これもビジネス本なんて買っちゃって意気込んでたけど、詳細は企業秘密ということで、なんて。

えーごも社会参加以前にずっと触れてきた。

私は躁が元は強いから、むちゃやらかして迷惑かけてただろうし、現実は躁の勢いのみで実るほど社会は甘くないからあくまで空想というか自分本位の突っ走りという形でも、30まで「やりたいこと」を目指してたかもしれない。

でも診断が遅くても、多分そこでこりゃ病気か、って軌道修正してたと思うけど、早期発見だと、軌道修正も何も「やりたいこと」は鼻からセーブしたり、躁は抑えられ実際途切れ途切れ的にもそんな長期的に社会と関われてこれなかった。

その分、自分は何者かを踏まえてその時の衝動や感性を思うがままにやりたいから、以上の覚悟と自制で自分の生き方を早い段階から進めたから、やらかしも最小限に留められたと考えられるし、そういうこと以上にここも含め今の私の基盤を織り成すあれこれと出会って経験できなかったかもしれない、出だしが遅れてたかもしれないし、後悔ないつうか、よかった。

けど、社会経験はその分乏しく、無責任な話しだが躁の助けを借りてちょっとでも社会的基盤を築けてたら、なんて思うけど、多分30で診断されてても、あくまで感性に素直に「やりたい」(これもタラレバ以前にもち今の私のキャラの一部を発見できたリアルに大事な経験だったけど)、人生を振り返って、割り切ったりで、結果治療や環境や考え方を変えて生き方を今のように歩み始めたと思う。でもそれは「早期発見」できなかった分19で知った以上にかなりの打撃と切り替えの難しさを伴ったと想像は容易にできる。逆にもし早期発見してたら・・・なんてタラレバを考えてたかもしれない。

でもちょっとでも今からは、せっかくのスキルだし、廃れたえーごもっと磨きたいと思う。それ関連の仕事や経験も特に二十後半は磨けなかったから。でも基本路線は、自分は何者か踏まえた、そういう意味で自分を裏切らない生き方を貫くための一スキルと考えていきたい。

まあ、結果オーライということで、タラレバ話し終わり。

りさ

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posted by 徒然 at 03:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記