2017年05月16日

ディキンソンの詩を訳すB

※「ディキンソンの詩を訳す@」の記事をまず読んでね!



-------------------------------------------------------
MUCH madness is divinest sense 
To a discerning eye; 
Much sense the starkest madness. 
’T is the majority 
In this, as all, prevails. 5
Assent, and you are sane; 
Demur,−you ’re straightway dangerous, 
And handled with a chain.

眼力のある者の目には、
狂気こそが神々しく映る
狂気も目立てば多くが察せられる
しかし例にもれず、これは、
多数を組する者には勝てない。
妥協すれば、あなたは正常だ。
ためらえば、あなたは即危険とみなされ
鎖につながれ続ける身となる。
-------------------------------------------------------

彼女の「人生」シリーズからです。

訳しが下手すぎて、意味が汲み取りにくいと思うので、まずは少し補足を。

 一般的にはおかしいと思われるような人の考えや感じ方は、センスの良い人だったらおお、そりゃおかしいんでなくて才能だ、と見通すことができるし、
 天才みたいに大衆の目につくおかしい人であれば認められることもあるけれど、
 結局はおかしい人間はもれなく一般通念というか、社会の常識から外れている限り「勝ち組」とは認められない。
 だからその狂気という名の個性を「妥協」すれば、社会は受け入れてくれるけれど、
 いや、これが私なんだ、妥協したくないよ、とためらえば、マークされて抑圧の対象になってしまう。

 とまあ、平たく言えばこんな感じかな。

 私は躁うつ病者として、これ以上語るまでもなくというか、胸にストレートに打つ文章です。一言書くとすれば、私だったら絶対妥協はしたくない!ということかな。

 ではでは、また気持ちに余裕があればディキンソンの詩を紹介できればなと思います^^

 おやすみなさい。
                                   りさ

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
posted by 徒然 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

ディキンソンの詩を訳すA

※「ディキンソンの詩を訳す@」の記事をまず読んでね!


――
WILL there really be a morning?
Is there such a thing as day?
Could I see it from the mountains
If I were as tall as they?

Has it feet like water-lilies? 5
Has it feathers like a bird?
Is it brought from famous countries
Of which I have never heard?

Oh, some scholar! Oh, some sailor!
Oh, some wise man from the skies! 10
Please to tell a little pilgrim
Where the place called morning lies!


朝は本当に来るものなの?
夜は明けることはあるの?
彼らほど背が高ければ、
山から見えるの?

睡蓮のような足をしているの?
鳥のような羽が生えているの?
私の存知ない名高い国々から
連れて来られたの?

ああ、どこかの学者さん!ああ、どこかの水兵さん!
ああ、空の彼方におられる聡明なお方!
この取るに足らない迷い人に
朝と言う名の場所がどこに潜むか、教えて下さい!
--------------------------------------------------------------------------------
これは彼女の「自然」シリーズからです。

 先ほどの「our share of night to bear」のように朝がテーマですが、こちらは朝(希望の兆し)が来る!と核心的な想いとは裏腹に、本当に来るのかな?と夜という終わりが見えないつらさが晴れることに絶望しているようです。

 希望が一体何なのか、触れたことがないから是非知りたいと色んな質問を投げかけていて、朝?何それ?食べ物?みたいにあまりにもつらくて希望が未知な存在に心から感じるんでしょうけど、

 足がついた睡蓮とか、ああ、学者さん!なんて、絶望の渦中にいるわりにはあまりに文章のトーンが滑稽で、自分の哀れな状態を笑い飛ばす余裕まであるんじゃないかしら、と思えるぐらいです。

 私もうつのドツボにはまった時とかにでも、というかそういう絶望こそ、笑い飛ばせる人間になりたいな。

 りさ







にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
posted by 徒然 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

ディキンソンの詩を訳す@

こんばんは

 少し体調が上がってきたので、普段とは少し違う記事を書いてみようと思います。エミリーディキンソンという詩人の詩を訳してみました。

 というか、以前に訳してためていたものをちょっとずつ紹介する感じです。今回は三つぐらいやっちゃおうかな。朗読の動画も添えてみました!←セーブしなはれ笑

 ディキンソンは生涯ひきこもりだったそうで、物理的に色んなところに行ったりしなくても内面の世界を広げられるんだなと希望をもらえる詩人です。

 というか、大きい世界から遮断された、時には孤独でうつうつとした場所から物事を感じ書いているからこそ、そのつらさを癒してくれる素朴な美しさとか、その孤立を強いた外の世界への問題意識など抱けるのかもしれません。それをぐちゃぐちゃ私みたいに長々書くのではなく、短い文章で遊び心いっぱいに書いているのも魅力的です。そんな意識高めなひきこもりマインドに身を寄せ、憧れ、惹かれるものがあるのかもしれません。


 こちらのサイトから詩をピックアップしています:http://www.bartleby.com/113/

 「人生」「自然」「愛」「時と永遠」「孤独」などのジャンルに分かれています。

 まずは、「人生」シリーズからの「Our share of night to bear」です。



――
OUR share of night to bear, 
Our share of morning, 
Our blank in bliss to fill, 
Our blank in scorning.
Here a star, and there a star, 
Some lose their way. 
Here a mist, and there a mist, 
Afterwards- day!

共に耐え忍ぶ夜を分かち
共に朝を分かち
共に幸せで空(くう)を満たす
共に拒絶し合い殻になる
あそこに星、ほらあそこにも
道を見失うものも。
あそこに霧、ほらあそこにも
そしていずれ、朝来る!
―――
 英語の詩って二重の意味が多いから、それを訳すのは難解です汗

 この詩は直訳としては「恋人たち」、もしかしてもっと広い意味では世界の誰であれ、色んな困難(夜)を、おたがいの存在を持ってなんとか明るい兆し(朝来る!)が見えるまで乗り越えてこう、という感じだと思います。

 タイトルからして「Our share of night to bear」のshareが二重の意味のようです。まず、一緒に夜を「分かち合う」(shareする)からこそつらさを耐えられるねって暖かいなニュアンス。

 例えば、「Our blank in bliss to fill」は「共に幸せで空(くう)を満たす」って訳したけれど、おたがいの存在だけで十分だから、何も(blank)なくても、幸せ(bliss)だね。その上で、色んな思い出と愛情で空(blank)を満たして(fill)いこうね!みたいな。

 もう一つのニュアンスは、朝という展望が開かれるまで、おたがいを支え合いながら、一人一人につらさを背負う責任が「割り当て」(share)されていることを忘れちゃダメよ、というディキンソンの忠告のようにも感じます。

 空の動きと壮大なテーマを取り上げているのに、シンプルでかわいらしくて好きな詩です。


                                             りさ






にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
posted by 徒然 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記