2015年10月29日

躁うつ病者の「よろい」

最近はもうちょっと動けるようになったけど、うつが長引いていたときに検討していた、自立支援でのヘルパーさんの、認定調査の方が今日うちに来ました。

だから、どのように調子が悪くなって、ヘルパーさんは配慮しないといけないだろうとか聞かれたのですが、あることに気がつきました。

「人の前だと、自分が無理をしてでもノーマルに振舞おうとするから、それはヘルパーさんとでもそうだろうからつらいかもしれないです。」と言うと、調査の方が、

「がんばりすぎちゃうから、疲れちゃうということでしょうか?」と聞くから、

「うーん、というか、私は常に子供帰りしたり、ヒステリ起こしたり、ノーマルじゃないので、言ってみればそれがありのままの姿なんです。それを、虚勢を張って人前では隠そうとするから、そのギャップが疲れちゃうし、つらいのだと思います。でも同時に人と関わることでリハビリにもなるんだと思います。」


その後に病歴のことも言われて、去年入院した時の話しをしていたら

「おうちにいるよりは、入院した方が気持ちが落ち着きましたか?」と聞かれて、

「それも先ほどのヘルパーさんとの対応の論理と同じで、家にいる時はエルダーに甘えて、ありのままの調子の悪い姿が出てしまうんです。入院していると、周りが他人ばかりだから、虚勢を張っていられて、ヒステリ発作なども出ないんです。リハビリにはなるし、発作がないの確かに楽だけど、家に帰ったら元に戻るのだから、状態が落ち着いたとは到底いえないです。」

躁うつ病の特質なのかもしれないです、って調査の人に言ったら、難しいですね、と珍しげに言っていました。

エルダーはこの状態を「よろいをつけるとき、外したとき」と表現して、躁うつ病者は確かに他の病気と比べても、表裏が激しいというか、社会に出れば「普通な」フェイスをかぶって、家に帰ってプライバシーを得たら本来の「異常」さをうわっと出すような気がします。

それは躁うつ病者は、元から完ぺき主義者の人が多いからプライドが高いし、その上病識をもてるから、とことん病気を意識して自分の病的な言動を振り返って、それは治療の糧にもなるけど同時にそれら症状を上手く隠す術も身に着けやすいのかもしれない。


でも今日思ったのは、そうゆう「よろい」も一種の症状なのかもしれないということです。

私は最初の激うつは、病識もなかったしあまりに強烈だったので、虚勢を張って隠せず、人前でほんとにみじめな思いをしたし、友達からも距離を置かれて苦しい思いをしました。
だからその次に来た、最初の躁転で、うつの時の異常さを塗りつぶして、なかったことにするかのような勢いで、かっこいい自分、自己主張のできる自分、エネルギーのある自分、魅力的な自分を引き出そうとしたし、実際それがある一定できました。

今は、当時ほど病識のない突っ走りの躁にはもうならなくなったけど、「私はできるんだ!」「すごいんだ!」って躁的な、うつの出来事を塗りつぶす感覚のなごりとして、今の表裏現象が残っているのかなと思ってしまいます。

躁だって異常なんだけど、私はうつなみじめ人間じゃない、ノーマルになりたいって願望が、それほどみじめ自分の存在を埋め合わせるにはすげーすげーできるやつになるっきゃないって極端に突き抜けて出ちゃっているのかも。


いずれにせよ、そうゆう変なプライドをなくして、少なくとも同病者とか自立支援のヘルパーさんとか先生とか愛する人たちの前だったら、ありのままの「みじめ」な「異常な」自分をさらけ出すことができたら、きっとほんとの落ち着きもそうだし、ほんとの自分らしさにつながるはずだと痛感しました。

それに気づくと、私もほんとにくだらないプライドにしがみついた、それこそみじめな人間だなあって自己卑下したくなるけど、けっしてそうゆう一面的なことでもなくて、社会から障害者ってレッテルを押し付けられている時点でそうゆう虚勢を張らないと生き延びれない現状もあるわけだから、

高見になって障害者の現状を見つめられるようになって、それを変えられる自信を養う中で、ほんとの意味で自分を押さえつけるよろいを外して、ほんとに誇りを持てる自分を見つけられるようになれるんだと思います。

りさ

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posted by 徒然 at 16:37| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
うん よく解りますよ
実際に私は幾つもの仮面を持っていて
適合適所に付け替えます
そのうち無意識に出来るように成りました
ストレスもなく ありのままの自分って
こんなんだな〜って病気ごと納得しております。。。
Posted by 風 蘭 at 2015年10月29日 22:07
カメレオン体質になってしまいますね^^;

健常者だってもちろん「外の顔」を身につけないといけないだろうけど、私たちと違って、家に帰って一人になっても、心の叫びやらを出せない・向き合う余裕のないとも言えるだろうから、

そうゆう点で、私たちは酸いも甘い自分と向き合う機会があって、恵まれているのかもしれませんね。表裏のギャップが半端ないから、つらさは何十倍ともいえるかもしれないけど。

コメントありがとうでした。


Posted by りさ at 2015年10月30日 17:48
りささん こんにちは
Happy でお会いした はなこです。ここにたどり着きました。😊

「よろい」よくわかります。私は鬱な自分が受け入れられなく、鬱の時は隠れていました。それをある人は「見栄っ張り」と言いました。激怒したけど、そうなんですよね。

調子の悪い時を含めた自分を受け入れて、波のある中で最善のパフォーマンスをしたいとおもっています。それには仲間、有人、同僚との信頼ある関わりが大事だなと思っています。

これからも宜しくお願いします!
Posted by はなこ at 2015年11月18日 15:08
はなこさん、

見つけてくれてありがとうございます。

ほんとにおっしゃるとおりです。

よろいを「見栄っ張り」と言っちゃえばそれでおわりだけど、そうやって自己評価を挽回しないといけないぐらい、自分が嫌いになってしまう、世間にプレッシャーをかけられる、つらい経験をしているってことなんですよね。

だからよろいってまさにそのとおりだなと改めて思いました。その表の顔、みえ、プライドってバリアがないと、自分の存在が底から崩れちゃうというか、それぐらい私たちもろくデリケートな状態にあるんですよね。

そんななかで、はなこさんがおっしゃるように、自分を受け入れながら同時に自分を向上させていくって意気込み、ほんと勇気がいることだと思うし、私にとっても展望になります*^^

私たちはこの社会ではよろいが必要だけど、仲間と力を合わせれば、きっとほんとの勇者(=力強さ)として再登場できると信じています。

最後にお返事がものすごく遅れて申し訳ありませんでした^^;; では!

りさ
Posted by りさ at 2015年11月20日 17:37
とても 具体的で分かりやすくて 素直に言葉が入ってきました。「うん うん その通り!」って思いました。

だから 薬の力を借りて 物理的精神的な環境改善等 必要な事を各自見つけて 生きやすくする方向に心を向けて工夫していきたいと思います。
でも だからこそ人生をより深く経験できるようにも思います。
高齢者になっても セルフコントロールはうまくいかない現実ですが 
「とても 人間的だなあ!」と反省多し・感慨深しです。
過敏であると同時に「鈍感」でもあります。

社会的責任が大きい時には(65ぐらいまでか?)ストレスも半端ではなく不適応で苦しいですが リタイアすると 社会的責任も半減するし、生きるのが少しずつ楽になっています。
しかし それからが本当の人生かも?です。

少し孤独とも仲良くできるようになったかも?
後 いろんな意味で「待つこと!」の難しさ・重要さを痛感していますが 何とか手にしたいものです。やりたいことと社会的な関わりは最重要です。まあ時間が足りないかも?
Posted by チビねこ at 2015年11月21日 00:07

ちびねこさーん!

お久しぶりです^^書き込みいただいてとても嬉しいです。

人生をより深く経験できる、酸いも甘いも、ほんとにそうですよね。

この記事にも私書きましたが、躁うつ病者はもうあり方として(っていうか人全般にもあたるけど笑 でも)「一段」とした人間臭さ、プライドの高さ、孤立の中で病気を向き合うことを強制されてとくに最後のは最初はとても怖いし難しいことだと思います。

セルフコントロールを何度も失敗して、でもその度しっくはっくしながらそれと向き合って、私としてはそれって病気の治療以上にすごい人間らしい、必要なプロセスだなあと思うんです。

「過敏であり鈍感」ほんとほんと。闘病って大変だし病気そのものが自分をもろくするし「バリア」をいつも張らないといけないのは過敏とも鈍感ともいえますよね。

でもおっしゃるように、時間が解決していくとこがありますよね。というか、だんだん病気や社会経験を通して成長して、ちびねこさんは「孤独と仲良く」なれてきたとおっしゃったけど(素晴らしい!)自分ともっと気持ちよく向き合えて自然とバリアもいらなくなってくるのかもですね。

待つ。ほんとこの病気はもどかしく長くかかることばかりだし(治療やうつも)、多少安定するまで時間がかかっちゃうから、病気の「定年も」(あるとしたらだけど←)ずっと先だろうし。

病気の教訓や貴重な経験からいっぱい成長したことは、きっと今から社会に出て、やりたいことをやる上でそれを数倍深く、豊かに楽しむ・味わう土台になるかと思いますよ☆

まだ到底そんなとこまで到達できていない私が言うことじゃないけど^^;

支離滅裂なレスで失礼しました。また近々お話しできるばほんと嬉しいです♪

りさ
Posted by りさ at 2015年11月23日 10:16
りささん 書き込みの返信! とても嬉しいです!

りささんって すごい!
想像力が豊かですね!

相手の立場にたった共感能力も そしてそのことを素直に表現する語彙も豊富なので 未来が楽しみです。

りささんのもとに集まっている多くの人達をこころで支えているなあ!と思います。

人間は歳だけではないですよ。歳を取れば取るほどかたくなになる部分もあります。その人らしく生きているのが一番です。

チビねこから見るとお会いした時から りささん いい感じで輝いていましたよ!
 
エルダーさんも若くなったように見えたから不思議です。関東ウウェーブに集まるみんなのために りささんは 相当役に立っていますです!

チビねこは60の手習いを始めて 楽器系が 今 楽しいです。次の日曜日は横浜ヤマハで生徒さんバンドでお楽しみ発表会に出るですよ。

チビねこはドラムスです。 驚きですよねー!
まあ 年寄りニャンコの冷や水です。

どうぞ 自分をうんとうんと褒めて一歩一歩前に進んでくださいね。遠くから応援しています。りささんは素敵!です。
Posted by チビねこ at 2015年11月23日 12:01
チビねこさん(・・**)褒めていただきほんとありがとうです。すごい・・・すごい嬉しいです。まじ涙出そう。ってか出てる笑

ただ知ったかぶりな「よろい」を着こなすのが上手いだけですよ笑 今ハイだし笑

というのは冗談じゃないようで、まあ冗談なんだけど笑

チビねこさんのパワーは年を超越するものだと思います。それこそ躁うつ病的エネルギーっていえるけど笑 それだけじゃなくて、この大半の人がこのつらい病気を長年抱える中で心が歪んじゃう中(私も例外とはいえない・・・)チビねこさんのエネルギーはまっすぐで、ピュアで、だからチビねこさんからほめ言葉をいただけると、ほんとに胸にあったかく、強く突き刺さって、ほんと嬉しいです。

私今後もがんばりますね。関東ウエーブは私の故郷だし、宝物だし、そこに来る仲間ももちろんしかりです。

ほんとありがとうです。またいつか会いたいなあ。
日曜は、チビねこさんパワーで東京のこっち側まで響き渡るようなリズムをはなってください!!!

りさ
Posted by りさ at 2015年11月23日 12:17
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