2012年11月28日

ビッグバン


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↑岡本太郎の作品に私が手を入れました(^^;)



朝報告した通り、今日は親戚とお墓参りに行きました。

楽しくおかしく、遠慮のいらない親しい家族で、お参りと温泉に行きました


帰りの車です。

いきなり涙がこみあげて、止まりません。


私は何か心理的な理由をもって泣くのではなく、
なんというか、
頭がいきなり熱くなって膨れ上がって、もうスペースが足りなくなって、出るものが出てしまう、
というとても物理的な感じで泣きます。

だから、私も何で自分が泣いているのか、さっぱりわからないのです。


カウンセラーは、躁うつ病者は、情報を取り込み方が、一般の人と比べて要領が悪いので、一般の人にとっては適度の刺激でも(お出掛け、運動、おしゃべり)私たちはそれをうまく取りこめないのか、主観的に取り込みすぎでしまうのか、頭がパンク状態になってしまうそうです。

だから今日は久々に健常の人々と一日中行動して、単に頭がパンクしたのかもしれません。


そう言いながら、実は納得していないのです(笑)
でも心理的な理由を追究すれば、その理由に凹んで「泣き」がぶり返してしまう。

だから、考えないようにしていたのですが・・・
思考って抑えられないものですね(笑)
考えたからには、書いて処理してしまうのがベストでしょう。私の涙の裏側を、私なりに推理してみます。


推理@「内破(内側への爆発)ではないか」

親戚と会うと、おたがいの日常について確認し合うじゃないですか。
それで、私はそうゆう点で、相手がリアクションしにくい内容ばかりです。
親戚はそこは気遣ってくれて、あえて私の存在には触れないのです。相手の対応は、適切な社交辞令で、何一つ問題はないのです。
じゃあ問題は私にあるのか。


私の存在って、小さい一部の居場所では受け入れられているけど、
社会の大半では、あえて触れない方がいいという存在。
悲観的に言うと、もしできたら、いないことにしたい存在。
私は社会の片隅にどんどん押しつぶされる感覚で、頭が押しつぶされ、涙と声が出てくるんじゃないか。

私の声と涙と頭の中の膨れ上がりは、

自分の環境に適応するのに失敗した
死に際の動物のような、雄叫びなんじゃないか。


・・・でも、頭は押しつぶさるというより、外に、膨れ上がる感覚だ。

ということで、推理再トライ。
多少巻き戻して、

推理A「(外側への)爆発なのではないか」 


・・・もしできたら、いないことにしたい存在。

つまり、私はこの社会の枠内で論理化して、取り込める存在じゃない。
今で言う「常識」とは、あまりにもかけ離れた、
論理化以前に、言語化することすらできない、
未知の・・・
あるいは言語化したくもない、
疎外された、
存在。それは、

この社会に生きる人々の主観的世界には、いない。
彼らにとっては、いない存在。

でも、私は客観的に、この自然世界に存在する。

社会の枠の論理として、いないべき私は、確かにいる。

思考の無限ループが始まる。
これは「泣き」がぶり返すどころの話じゃない。
社会の主観(人民すべての主観)にとっていない私は、自殺しないかぎり、
物理的に存在を打ち消すことはできない。
死ねない「私」は、存在するかぎり永遠とさけぶしかいなくなる。

今までずっと私は、頭の無意識で、叫んでいたのかもしれない。

無意識から浮上した今、私の口から心の叫びが爆発する。
こんな矛盾した存在の自己表現は、それ以外に何になる得るか。

自己表現、自己表現、自己表現・・・・私を生かす酸素。


私がいる、いられる社会が作られるまで。

そこで私は論理化され、初めて言葉を発することができるだろう。
「私はいるよ」

そしてその社会の誰かは、私の言葉を、そして存在を、理解し、言うの。
「こんにちは」

存在を他者に認めてもらったその瞬間、
初めて泣く赤んぼのように、私は生まれることができるの。


今日、車で発した私の涙と声、そして私の頭から膨れ上がる真っ赤な爆弾は、
その瞬間まで私を維持するべく、
私の生を再現し続ける自己表現なんだ。


今日、私は自分の原点であり終点であるアートを再発見したのだ!
I AM THE BIG BANG!

りさ

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posted by 徒然 at 22:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
僕は親戚連中からとうに声がかからなくなってます・・・。逆に、もし会ったりしたらいわゆる「世間話」になって、僕みたいな「出世間」的人間は弾かれるか疎外感感じて落ち込むから、これでいいんだと思います。狭い、閉じた世界。それが僕の全て。さて・・・りささん、あなたの存在はこのブログや様々な掲示板を通して、多くの人々の希望の光に、既になっていると思いますよ。あなたの存在が僕たちを結び付けてる。病持つものもそうでない者も、きっと結びついてる。一見バラバラで対立しているかのように見えてても全ては一つに結びついてる、そう感じます。(主観ですが・・・)楽観的ホーリズムかな・・・
Posted by GOD at 2012年11月29日 12:24
「一見バラバラで対立しているかのように見えてても全ては一つに結びついてる」

ずばりそうです。
GODさんこそ、私のつたないややこしい日記に、共鳴してくださることによって、私の心の中に大きな可能性を開いてくれています。
ありがとうです。

全然楽観的ホーリズムじゃないと思いますよ。
バラバラを結びつける行為は、とても意識的に、常日頃の努力を要する作業です。

目指していきたいなぁと感じます。
改めてレスありがとうです。
Posted by りさ at 2012年11月29日 22:43
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