2017年05月31日

。・☆第3回例会(6月3日土曜)に是非ご参加を!☆・。



。・☆2017年度関東ウェーブの会

第3回例会を

6月3日(土曜日)におこないます☆・。



参加希望をされる方はこちらの「例会参加メール」に書き込みの上、送信下さい:http://bipolar.ac/kanto/enterfor-mail/index.html



詳細はおしらせ掲示板はチェック!




以下は2017年度第2回例会報告になります:






関東ウエーブの会が、みなさまにとって、ありのままで話し合える居場所になれるよう心がけていきたいです。よろしくお願いします(*^^*)



 関東ウエーブの会 スタッフ会議


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posted by 徒然 at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月26日

手作り黒糖ドーナツ

夜中に甘いものが食べたくなったエルダー。古くなったパンケーキミックスを活用して、黒糖ドーナツを手作り。

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見た目はさておき(笑)、ほくほくさくさくでおいしす

(ちなみに形作りに使ったのは計量カップと空のうま塩のキャップ(笑)

りさ

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posted by 徒然 at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月25日

Bipolars unite! ~Celebrating the New Wave~


 uniteという言葉は日本語に訳しづらい言葉だと思います。
 結合、合体、融合、団結、結束、どれをとっても、いまいちしっくりこないのです。
 協同、和合、辞書の訳にはなくてもこの方が近いのかも知れません。

 かと言ってsolidarityでは各人の個性が生きないし、join togetherでは深さが足りません。
結局uniteを選びました。敢えて英語にしたのもそのあたりのニュアンスの問題です。

 躁うつ病者の集いができるまで、私たち躁うつ病者は孤立していて、孤独な存在でした。
社会的にも、勤め先でも、家族の中でさえ孤独であったと言っていいでしょう。
他の病気のように国策や自治体などの働きかけや援助もなく、多くの医師も躁うつ病者同士を近づけることを嫌いました。

 私たちはこの孤独と偏見に一人で絶望的なたたかいを挑むか、潜むしかなかったのです。
 しかし、11年前、小さな、しかし燦然とした光がさしました。
  
 関東ウエーブの会の設立です。

 私も10年来躁うつ病者のunityを作るために身をかけてきた人間として、このときを感動をもって迎えました。そして今年の会員制の当事者会の設立は私にとって考え深さはひとしおなのです。

 この小さな光が全国の躁うつ病者をあまねく照らす日のために、私も微力ながら全力を尽くさせていただければ幸いと願っています。


 私は躁うつ病者のunityをつくるために、幹事の魚夢さんにはとても及ばないとはいえ、多少の努力をしてきた身として次のようなことを考えてきました。

 unityを作る場合、二つの困難があります。外からの援助を頼みにできないこと、躁うつ病者の組織で争いが起これば、組織も躁うつ病者個人も深く傷つくことになることです。

 外からの援助については私たち自身の力で作り出すことをあくまで中心としながら、しかし、絶えず工夫を凝らし、援助の水脈を川の上流の細い水滴から、大河の流れになるまで諦めず追求することだと思います。
 この点ではかなりの成功を収めてこられた努力に感謝します。

 今ひとつは不毛な争いを避けるための思慮深く、先を見通した組織作りが不可欠だと思っています。
 もっとも、このことは、より本質的にはunityを躁うつ病者全員自身のものにするために必要なことだと言えます。
 この点における幹事の魚夢さんと役員の方々の、これまでの卓越した組織運営における手腕に尊敬と感謝の念を捧げたいと思います。

 さて、そういうunityの組織作りと運営にとって何が最も重要ものなのか、私の些細な経験から考えてみます。

 私たち自身が作り上げなければいけないことはすでに申しました。誰かが作ってくれるわけでもなく、私たち自身が人に頼らず積極的に関わり、切磋琢磨することから生きた組織は生まれるのだと思います。

 次に重要なことは不毛な大きな争いを、深慮遠謀をもって防ぐということだと思います。
 この深慮遠謀ということについて少し深く考えてみたいと思います。

 結論的に言えばそれを防ぐのは役員・会員を問わず、表向きだけではない、心底からの信頼関係以外にないと思います。
 それこそが私が私たちの会の性質をunityと表現した理由なのです。
 この信頼関係と言うのは易しいのですが、実現するのはとてもたいへんな努力が必要です。

 役員間の、役員の会員に対する、会員の役員に対する真の信頼関係をいかにして実現するのか。

  長くなりますので結論的に言いますと、高く深い理想、徹底した民主主義と討論、絶えざる自己研鑽にあるだろうと考えています。
 これを逆に表現すれば「排除の論理」は組織を破壊するということでもあります。

  誤解されるといけませんが、これは害のある人物をそのまま受け入れるということではありません。
「誰々はダメだ」ではなく、徹底した民主的で生産的な討論で一致することが重要です。
重要課題についてはもちろん、小さな問題まで本来の民主主義を貫くことが求められます。

 最後に書いた自己研鑽は自己を絶えず高く深く変えていくことだと思いますが、
 言うは易しですが、私は70歳という年齢で、躁うつ病の結果もあってか、頭が固く、頑固で、居丈高で、関東ウェーブの会のスタッフの会議でいつも叩かれまくって、やっと少しは変わってきたかなと思っています。

 さて、みなさん。問題はすべて今からです。
 壮大で高い理想に向かって、困難を怖れず共に歩みましょう。
 私も老骨をむち打ってこの事業の末席を努めさせていただければ幸いと思います。

                                      Elder Mope

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posted by 徒然 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月22日

ディキンソンの詩を訳すE




エミリーディキンソンの詩を訳しています。
http://www.bartleby.com/113/


Love is anterior to life,
Posterior to death,
Initial of creation, and
The exponent of breath.
  
愛とは命の始まりを先立ち、
命が尽きる時を超え残る。
創造の第一声であり、
呼吸を重ねる理由でもある。
--------------------
これは彼女の「愛」シリーズからです。

この詩の意味はほとんど自明だと思いますが、愛が、想像を超えた範囲と壮大さで、私たちのすべてにまつわることを包み込んでいるということかなと思います。

「共に耐え忍ぶ夜を分かち」のように、二重の意味が多くて、どちらの意味合いをも訳に盛り込むとごちゃごちゃするので、選ぶのに悩んでしまいました。

例えば「第一声」は "initial" の訳なのですが、「initial」は最初の・本来のって意味のほかに、「頭文字」って意味もあって、創造のいろは、というか、生きること、生命の創造という一言では語れないものの核心をそのすべての以前から突いている、って意味も込められていると思うんです。

「exponent」は「(なぜ呼吸するかの)説明者」って意味も普通にあって、「理由」と改訳しましたが、指数(同じ数字を指定された数の分だけ掛算する、だったかな汗)という意味でもあって、愛は、生きた年数ほど呼吸を激しくさせる=生きる実感を感じさせるって意味も込められていると思うんです。

一つのシンプルなフレーズに真理を凝縮した、宝石のような詩だと思います。

りさ

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posted by 徒然 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月20日

久々の絵(タブレットのお絵かきアプリ)

タイトル「鍵閉めるの忘れた!」



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「マドモワゼル」


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りさ

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posted by 徒然 at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

期間不明のうつ、期間限定のハイ

ハイは期間限定だから、またうつになるまで急いで急いでやれることはやっておかなきゃって物事を進めるから、全部雑な出来になっちゃうし、ミスが多い・・・でもハイの締め切り日の予測がつかない以上、その急かされ感は払拭できないです;;
どうすれば、周りや自分の焦りのペースに合わせなきゃと焦らないで、つまり次のうつの反動や、ハイの時もキャパがどんどん埋まっちゃって不安定にならないために、落ち着けるだろう。

 深呼吸とか頓服とか自分を客観視するとか対策はあることはあるけど、うつで「できなかった」自分がいきなり「できる」ようになったとう、いきなり躁うつの神様が赤信号を青信号に変えて拍子抜けしちゃうというか、そのチャンスを逃したくない、この期間できるだけ行動に移して「有効活用」したいという欲求が勝っちゃうのかな。

 本当は、躁でできるから「できる人」なんじゃなくて、うつで学んだ(強制された?)、人にとって根源的に必要な、小さい幸せや周りや自分を見つめられる心の余裕を見いだせたことだって「できた人」の成長の一環なんだから、躁うつ総体から人としての実績(?)得たもの(?)というのかな、で自分を評価するべきなんですけどね。

 うつの時は、そういう全体性を見渡すことが案外できるのに(というかそういう考えの転換や自己イメージの調整をこまめにしないと体調悪化するし・・・)躁の自分はもう躁に溺れちゃうというか、うーん。

 セーブって難しいですね、色んな意味で。セーブが「できる」のはもちろん成長だけど、実際動けて家を掃除できる、出かけられる、人とやりとりできる、もっと言えばうつの時「できないできないと自己イメージが悪化するようだけど、動けるようになったら自分のポテンシャルにも、周りにも応えらる」って自分をなだめていたのだから、なんというか、ただ願望のままに動いているってだけじゃなくて、本当に実務的に放置しちゃった「やんなきゃいけないこと」、自分にとって大事なのに手をつけられなかった「やりたいこと」を全部セーブするってなあ。

 上手く言えないけれど、うつの予測がつかない期間不明なのも、躁の期間限定なのも、どっちもつらい・・・。一度でも、自分の意志で、動ける時、動けない時、動くべき時、動かないべき時ってコントロールできる期間がほしい。

 でもそんな時間を躁うつの神様が与えてくれたとして、私は何をするだろうな。躁うつバケーションって掲示板に立てた親記事じゃないけど・・。

 何をするだろう。でもそうやって一般からすれば将来を計画するのが困難な人生だからこそ、人生を丁寧に生きようと思えるのかもな。だから考えなくていいかな。

 ジョンレノンが「life is what happens when you're making other plans」(「人生っていうのは人生設計を立てるのに夢中の間に過ぎ去っていくものなんだよ」って、今を生きれよ的なこと言ったけど、そういう観点をいい意味で躁うつの神様は与えてくれたのかな。

 この記事もハイの勢い・衝動で書いているんだけど笑 はぁ、衝動をセーブして、うつで出来なかった作業に取り掛かろう。うむうむ。そうしよう(ほんとにやるかなwまた目に入ったものに没頭しそうw いやいやだめだめ)

ではでは!

りさ




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posted by 徒然 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月19日

全収納ハムちゃんズ

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今日は女の子8匹みんなお重箱に納まっている模様。全収納、初めてかも笑
...と思ったら1匹だけでろーんと外で寝だした。 

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もうそろそろ夏ですなー暑くなっても、仲良く密集する光景見れるかな。なんだか季節の変わり目をハムちゃんズで感じたので、ふとしたプチ記事でした(^ω^)

りさ

posted by 徒然 at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

ディキンソンの詩を訳すD

エミリーディキンソンの詩を訳しています。「時と永遠」シリーズからです。


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I SING to use the waiting, 
My bonnet but to tie, 
And shut the door unto my house; 
No more to do have I, 

Till, his best step approaching, 5
We journey to the day, 
And tell each other how we sang 
To keep the dark away. 
---------------------------------------------------------------------------------
私は歌って待ちをしのぐ。
お帽子の紐を結んで、
家のドアを閉めたら、
もうやることのない私。

ただ、彼の格段なステップが近づき、
共に日差しに向かって旅行き、
教え合うのーどんなに歌ったかと
暗がりを追い払うために。
---------------------------------------------------------------------------------

ちょっと飛躍した解釈かもしれないけど、この女の子が好きな人を待つのは、死を待つことの比喩に感じて、それは暇なのも怖いものでもある。
暇というか、生きていることに虚無感を感じるようでも、愛する何かが迎えに来てくれるのを展望することは自由だし、待ち時間は歌で埋められるし、時間が刻々と流れ死を待つのが怖い時は、愛する人がいれば、仲間と共に、真っ暗になっても案外「追い払える」かも。


私まさに鬱期は、上記両方とも、つまり孤独を解消してくれる出会いを展望できる時も、刻々と流れる時間に焦りと恐怖にかられる時も、その間無理にでも歌って(比喩的にね。ポジティブに考えの転換しようとしたというか)「待つ」時間を埋めていたな。

幸運にも出会えた仲間のみんなに「暗がりを追い払う」手段を教えられてきて、というか共に見出してきて、「格段なステップ」を踏んできたんだな。展望が切り開かれるのを焦らず気長に待てるのも、みんなの存在があってなんぼだよ(o^^o)


りさ

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posted by 徒然 at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月18日

海辺と混合メルヘン

こんにちは

 海辺に行ってきました!体調が上がるとこういうことできていいなぁ。でもラミクタールを増量してから、少し混合が強くなってしまったみたいです。混合って、よく言われているけど具体的な定義ってあまり聞かないような気がします。私としては、うつ的混合とハイ的混合があって、前者は、うつ的な感情を躁的なエネルギーで出しちゃうこと(物を投げながら泣くとか。うつだったらそんなエネルギーないかも。)後者は、躁的な行動力あるんだけど、その行動がクレイジーというか。

 まあとにかく調子が悪い時に、自然の中に入ると目の保養にもなるけど心の保養にもなりますね。

 何というか、カフェとか、人に囲まれたり話すのが目的な場所ってストレスだったりするけど、自然の場だと人が周りにいるんだけど、皆貝を探したり、のんびりしていて、生物はいるけどあいつらは話しかけてこないし、笑 前に美術館のことで書いたように、何かに応えるプレッシャーはないし、でも一人って感じもしない。だって自然に色々な音とか静かな癒しがあってそれが話しかけてくるようで、でもそれを受け止めなさいと強制しないで、そんな包み込んでくれる和やかな空間というか。うまく言えん笑

 ただ私の場合、今は混合ハイなので、昔は特に、子供のようにではしゃいじゃったりします。シャボン玉で遊んだり、砂でお城作ったり・・・。

 今回もはしゃいだけど、もっと静かに癒しの時間を味わえたから、調子が安定したのかな、単純に大人になったのかな笑

 今回行った時に撮った写真と、昔海辺に行った時の写真を紹介したいと思います。はしゃぎレベルの比較にもなるかと笑







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 こんな感じでした。曇りで風も少し強かったけど、人が少ないのがより和やかで満喫できたかも。

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フォトウェディングやっていた人がいました!曇りでお気の毒だったかもしれないけど、そんなの関係なく幸せそうでしたな(*^^*)

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そして誰かが足跡で砂にハートマーク作っていたぞ。幸せそうな人が最近よく来たのかなこの海岸には笑

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潮が引いていた時間帯に言ったので、足場がドロドロでした。でも泥パックみたいにあったかくて、気持ちよかったな。

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ツルらしきやつがいたり。

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潮干狩りしている人も何人かいたけど、この親子はなんか長い貝(?)なめくじが殻に巻かれたようなやつ。
触らせてもらいました。ちょっとえぐかったw

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カニが巣を作った痕跡を発見!掘るときに多分外へぽいぽいだした砂の塊がその地道な作業を思い浮かばせて、なんだかいとおしかった

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生きたカニも発見!

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海辺、エリアルビューでしゃる。


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貝殻でお花のデザインを作っていた人もいたみたいで。海辺にいるとなんだかロマンチストな気分になっちゃうのかな。




さて、ここからは10年前に今以上に混合ハイの時に海辺に言った時の写真笑 ロマンチストなんて通り越して、ずいぶんぶっとんだメルヘンマインドになっていたな笑

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まず、風船にメッセージを書いて、それを海に投げていたな。そのメッセージが別の陸の誰かに届くんじゃないかという想いを込めて・・・(←ありえない笑)

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でもかなり流れましたよ!こういう発想は典型的な躁だと思う

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お決まりの砂のお城。あの頃はいつも何かしらのおもちゃ持ち歩いてた笑

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風船はほんといっつも持ち歩いていて、それでオブジェみたいのも作った。

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遠目から見るとこんな(あれ逆だ)

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粘土で雪だるま作るとか笑


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砂に字を書くとかは、普通にやりますよね。でも今回はここまで突拍子もないことしなかったなぁ。体調が落ち着くのはうれしい反面、こういう子供みたいなはしゃぎ方とか、メルヘンで創作的な発想を衝動的に行動に移さなくなったのは、ちょっと寂しいかも。

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どっちにしろ、自然探索はほんと病状にいいと思います!ではでは^^

りさ






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posted by 徒然 at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

ディキンソンの詩を訳すC

エミリーディケンソンの詩を訳しています。 これは彼女の「自然」シリーズからです



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NATURE rarer uses yellow 
Than another hue; 
Saves she all of that for sunsets,
Prodigal of blue,
Spending scarlet like a woman, 5
Yellow she affords 
Only scantly and selectly, 
Like a lover’s words.

母なる大地は他の色と比べ
黄色をまれに使う。
そのすべてを夕焼けのために取っておく。
青はふんだんに使い、
紅は女性のように費やす。
黄色は選び抜いて、ささやかにしか
与えない。
恋焦がれた者のささやく言葉のように。
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この詩は、ロマンチックすぎて、死ぬ笑
私も黄色は一番好きな色です。水木しげるが、戦地にいたつらい頃に、そこの先住民からもらったバナナがむちゃくちゃおいしかったらしく、私が見たドキュメンタリーの中で、何十年も経って初めて同じ場所に戻ってまた同じ種類のバナナをほおばっている彼の顔が、幸せそのもので、「そうか、黄色は幸せの色なんだ」と確信したんです。

でも、私のイメージした幸せな黄色は、すべてをいつも包み込んでくれるような色だったけど、そうじゃなくて、まさに夕焼けのように、包み込むのはそうだけれど、それは本質的に儚くて、だから美しても自然が決めた運命がままに去るような寂しさがあって。私の頭の勝手な連想反応で、ああ、幸せって、愛って、その一瞬一瞬をかみ締めないと逃してしまうような貴重なものなんだと感じて、胸が締め付けられました。

私たちにとっての、自然な幸せのあり方って、文字通り自然の構想を真似ているに過ぎない、母なる大地の偉大さ、自分の小ささも感じました。でもささやかな存在でも、いっぱい黄色に染まって生きたいな笑

りさ

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posted by 徒然 at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記