2017年05月18日

海辺と混合メルヘン

こんにちは

 海辺に行ってきました!体調が上がるとこういうことできていいなぁ。でもラミクタールを増量してから、少し混合が強くなってしまったみたいです。混合って、よく言われているけど具体的な定義ってあまり聞かないような気がします。私としては、うつ的混合とハイ的混合があって、前者は、うつ的な感情を躁的なエネルギーで出しちゃうこと(物を投げながら泣くとか。うつだったらそんなエネルギーないかも。)後者は、躁的な行動力あるんだけど、その行動がクレイジーというか。

 まあとにかく調子が悪い時に、自然の中に入ると目の保養にもなるけど心の保養にもなりますね。

 何というか、カフェとか、人に囲まれたり話すのが目的な場所ってストレスだったりするけど、自然の場だと人が周りにいるんだけど、皆貝を探したり、のんびりしていて、生物はいるけどあいつらは話しかけてこないし、笑 前に美術館のことで書いたように、何かに応えるプレッシャーはないし、でも一人って感じもしない。だって自然に色々な音とか静かな癒しがあってそれが話しかけてくるようで、でもそれを受け止めなさいと強制しないで、そんな包み込んでくれる和やかな空間というか。うまく言えん笑

 ただ私の場合、今は混合ハイなので、昔は特に、子供のようにではしゃいじゃったりします。シャボン玉で遊んだり、砂でお城作ったり・・・。

 今回もはしゃいだけど、もっと静かに癒しの時間を味わえたから、調子が安定したのかな、単純に大人になったのかな笑

 今回行った時に撮った写真と、昔海辺に行った時の写真を紹介したいと思います。はしゃぎレベルの比較にもなるかと笑







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 こんな感じでした。曇りで風も少し強かったけど、人が少ないのがより和やかで満喫できたかも。

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フォトウェディングやっていた人がいました!曇りでお気の毒だったかもしれないけど、そんなの関係なく幸せそうでしたな(*^^*)

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そして誰かが足跡で砂にハートマーク作っていたぞ。幸せそうな人が最近よく来たのかなこの海岸には笑

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潮が引いていた時間帯に言ったので、足場がドロドロでした。でも泥パックみたいにあったかくて、気持ちよかったな。

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ツルらしきやつがいたり。

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潮干狩りしている人も何人かいたけど、この親子はなんか長い貝(?)なめくじが殻に巻かれたようなやつ。
触らせてもらいました。ちょっとえぐかったw

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カニが巣を作った痕跡を発見!掘るときに多分外へぽいぽいだした砂の塊がその地道な作業を思い浮かばせて、なんだかいとおしかった

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生きたカニも発見!

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海辺、エリアルビューでしゃる。


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貝殻でお花のデザインを作っていた人もいたみたいで。海辺にいるとなんだかロマンチストな気分になっちゃうのかな。




さて、ここからは10年前に今以上に混合ハイの時に海辺に言った時の写真笑 ロマンチストなんて通り越して、ずいぶんぶっとんだメルヘンマインドになっていたな笑

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まず、風船にメッセージを書いて、それを海に投げていたな。そのメッセージが別の陸の誰かに届くんじゃないかという想いを込めて・・・(←ありえない笑)

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でもかなり流れましたよ!こういう発想は典型的な躁だと思う

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お決まりの砂のお城。あの頃はいつも何かしらのおもちゃ持ち歩いてた笑

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風船はほんといっつも持ち歩いていて、それでオブジェみたいのも作った。

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遠目から見るとこんな(あれ逆だ)

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粘土で雪だるま作るとか笑


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砂に字を書くとかは、普通にやりますよね。でも今回はここまで突拍子もないことしなかったなぁ。体調が落ち着くのはうれしい反面、こういう子供みたいなはしゃぎ方とか、メルヘンで創作的な発想を衝動的に行動に移さなくなったのは、ちょっと寂しいかも。

oceanpic14.JPG

どっちにしろ、自然探索はほんと病状にいいと思います!ではでは^^

りさ






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ディキンソンの詩を訳すC

エミリーディケンソンの詩を訳しています。 これは彼女の「自然」シリーズからです



-----------------------------------------------
NATURE rarer uses yellow 
Than another hue; 
Saves she all of that for sunsets,
Prodigal of blue,
Spending scarlet like a woman, 5
Yellow she affords 
Only scantly and selectly, 
Like a lover’s words.

母なる大地は他の色と比べ
黄色をまれに使う。
そのすべてを夕焼けのために取っておく。
青はふんだんに使い、
紅は女性のように費やす。
黄色は選び抜いて、ささやかにしか
与えない。
恋焦がれた者のささやく言葉のように。
----------------------------------------------------------

この詩は、ロマンチックすぎて、死ぬ笑
私も黄色は一番好きな色です。水木しげるが、戦地にいたつらい頃に、そこの先住民からもらったバナナがむちゃくちゃおいしかったらしく、私が見たドキュメンタリーの中で、何十年も経って初めて同じ場所に戻ってまた同じ種類のバナナをほおばっている彼の顔が、幸せそのもので、「そうか、黄色は幸せの色なんだ」と確信したんです。

でも、私のイメージした幸せな黄色は、すべてをいつも包み込んでくれるような色だったけど、そうじゃなくて、まさに夕焼けのように、包み込むのはそうだけれど、それは本質的に儚くて、だから美しても自然が決めた運命がままに去るような寂しさがあって。私の頭の勝手な連想反応で、ああ、幸せって、愛って、その一瞬一瞬をかみ締めないと逃してしまうような貴重なものなんだと感じて、胸が締め付けられました。

私たちにとっての、自然な幸せのあり方って、文字通り自然の構想を真似ているに過ぎない、母なる大地の偉大さ、自分の小ささも感じました。でもささやかな存在でも、いっぱい黄色に染まって生きたいな笑

りさ

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2017年05月17日

男の子たちの「出してくれコール」

おはようございます。

 ハイの勢いで記事の更新度が増えて、分かりやすい私^^;

 ハムスターたちは、散歩に出たがる時に、小屋をかじって出してくれコールをします。それが何匹も一斉にやると、すごい迫力です!とく男の子たち。こちらは昨晩の様子:

 

 ちなみに女の子たちは今朝はすやすや寝ています。

 517morningham.JPG

 ではー^^

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2017年05月16日

ディキンソンの詩を訳すB

※「ディキンソンの詩を訳す@」の記事をまず読んでね!



-------------------------------------------------------
MUCH madness is divinest sense 
To a discerning eye; 
Much sense the starkest madness. 
’T is the majority 
In this, as all, prevails. 5
Assent, and you are sane; 
Demur,−you ’re straightway dangerous, 
And handled with a chain.

眼力のある者の目には、
狂気こそが神々しく映る
狂気も目立てば多くが察せられる
しかし例にもれず、これは、
多数を組する者には勝てない。
妥協すれば、あなたは正常だ。
ためらえば、あなたは即危険とみなされ
鎖につながれ続ける身となる。
-------------------------------------------------------

彼女の「人生」シリーズからです。

訳しが下手すぎて、意味が汲み取りにくいと思うので、まずは少し補足を。

 一般的にはおかしいと思われるような人の考えや感じ方は、センスの良い人だったらおお、そりゃおかしいんでなくて才能だ、と見通すことができるし、
 天才みたいに大衆の目につくおかしい人であれば認められることもあるけれど、
 結局はおかしい人間はもれなく一般通念というか、社会の常識から外れている限り「勝ち組」とは認められない。
 だからその狂気という名の個性を「妥協」すれば、社会は受け入れてくれるけれど、
 いや、これが私なんだ、妥協したくないよ、とためらえば、マークされて抑圧の対象になってしまう。

 とまあ、平たく言えばこんな感じかな。

 私は躁うつ病者として、これ以上語るまでもなくというか、胸にストレートに打つ文章です。一言書くとすれば、私だったら絶対妥協はしたくない!ということかな。

 ではでは、また気持ちに余裕があればディキンソンの詩を紹介できればなと思います^^

 おやすみなさい。
                                   りさ

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ディキンソンの詩を訳すA

※「ディキンソンの詩を訳す@」の記事をまず読んでね!


――
WILL there really be a morning?
Is there such a thing as day?
Could I see it from the mountains
If I were as tall as they?

Has it feet like water-lilies? 5
Has it feathers like a bird?
Is it brought from famous countries
Of which I have never heard?

Oh, some scholar! Oh, some sailor!
Oh, some wise man from the skies! 10
Please to tell a little pilgrim
Where the place called morning lies!


朝は本当に来るものなの?
夜は明けることはあるの?
彼らほど背が高ければ、
山から見えるの?

睡蓮のような足をしているの?
鳥のような羽が生えているの?
私の存知ない名高い国々から
連れて来られたの?

ああ、どこかの学者さん!ああ、どこかの水兵さん!
ああ、空の彼方におられる聡明なお方!
この取るに足らない迷い人に
朝と言う名の場所がどこに潜むか、教えて下さい!
--------------------------------------------------------------------------------
これは彼女の「自然」シリーズからです。

 先ほどの「our share of night to bear」のように朝がテーマですが、こちらは朝(希望の兆し)が来る!と核心的な想いとは裏腹に、本当に来るのかな?と夜という終わりが見えないつらさが晴れることに絶望しているようです。

 希望が一体何なのか、触れたことがないから是非知りたいと色んな質問を投げかけていて、朝?何それ?食べ物?みたいにあまりにもつらくて希望が未知な存在に心から感じるんでしょうけど、

 足がついた睡蓮とか、ああ、学者さん!なんて、絶望の渦中にいるわりにはあまりに文章のトーンが滑稽で、自分の哀れな状態を笑い飛ばす余裕まであるんじゃないかしら、と思えるぐらいです。

 私もうつのドツボにはまった時とかにでも、というかそういう絶望こそ、笑い飛ばせる人間になりたいな。

 りさ







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ディキンソンの詩を訳す@

こんばんは

 少し体調が上がってきたので、普段とは少し違う記事を書いてみようと思います。エミリーディキンソンという詩人の詩を訳してみました。

 というか、以前に訳してためていたものをちょっとずつ紹介する感じです。今回は三つぐらいやっちゃおうかな。朗読の動画も添えてみました!←セーブしなはれ笑

 ディキンソンは生涯ひきこもりだったそうで、物理的に色んなところに行ったりしなくても内面の世界を広げられるんだなと希望をもらえる詩人です。

 というか、大きい世界から遮断された、時には孤独でうつうつとした場所から物事を感じ書いているからこそ、そのつらさを癒してくれる素朴な美しさとか、その孤立を強いた外の世界への問題意識など抱けるのかもしれません。それをぐちゃぐちゃ私みたいに長々書くのではなく、短い文章で遊び心いっぱいに書いているのも魅力的です。そんな意識高めなひきこもりマインドに身を寄せ、憧れ、惹かれるものがあるのかもしれません。


 こちらのサイトから詩をピックアップしています:http://www.bartleby.com/113/

 「人生」「自然」「愛」「時と永遠」「孤独」などのジャンルに分かれています。

 まずは、「人生」シリーズからの「Our share of night to bear」です。



――
OUR share of night to bear, 
Our share of morning, 
Our blank in bliss to fill, 
Our blank in scorning.
Here a star, and there a star, 
Some lose their way. 
Here a mist, and there a mist, 
Afterwards- day!

共に耐え忍ぶ夜を分かち
共に朝を分かち
共に幸せで空(くう)を満たす
共に拒絶し合い殻になる
あそこに星、ほらあそこにも
道を見失うものも。
あそこに霧、ほらあそこにも
そしていずれ、朝来る!
―――
 英語の詩って二重の意味が多いから、それを訳すのは難解です汗

 この詩は直訳としては「恋人たち」、もしかしてもっと広い意味では世界の誰であれ、色んな困難(夜)を、おたがいの存在を持ってなんとか明るい兆し(朝来る!)が見えるまで乗り越えてこう、という感じだと思います。

 タイトルからして「Our share of night to bear」のshareが二重の意味のようです。まず、一緒に夜を「分かち合う」(shareする)からこそつらさを耐えられるねって暖かいなニュアンス。

 例えば、「Our blank in bliss to fill」は「共に幸せで空(くう)を満たす」って訳したけれど、おたがいの存在だけで十分だから、何も(blank)なくても、幸せ(bliss)だね。その上で、色んな思い出と愛情で空(blank)を満たして(fill)いこうね!みたいな。

 もう一つのニュアンスは、朝という展望が開かれるまで、おたがいを支え合いながら、一人一人につらさを背負う責任が「割り当て」(share)されていることを忘れちゃダメよ、というディキンソンの忠告のようにも感じます。

 空の動きと壮大なテーマを取り上げているのに、シンプルでかわいらしくて好きな詩です。


                                             りさ






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2017年05月15日

今朝のハムちゃんズ

おはようございます。

ちょっと体調が上向いてきたみたいです。やった!
ラミクタールで少し動けるようになったけど、キャパはあまりないのには変わりないから一ヶ月ほど体が充電期間必要だった模様。動けるようになっても意識的にセーブしなきゃな汗
ただ無理しないって言ったって、身動きとれなかった時にできなかった雑用とか山のように蓄積してるし、気晴らしとかで浮かれて動かなくても(それもずっとしてないからしたいけどなあ)動かないと現実的にキャッチアップできないジレンマ涙

でも時の流れの記事で書いたように自分のポテンシャルはうつから学んだことも含むし、それを表舞台笑で活かすのに「間に合わない」わけないし、焦らずいこう!

さて、久々にハムちゃんズたちです。もう立派な大人になって、でも変わらず仲良くしてます。



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女の子たち、白いえみちゃんとすみちゃんがカメラ目線


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マーサと風子が仲良く寝てる


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えみちゃんとドナがまんじゅう詰め状態



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男の子たちで、手前からギル、ちびまるこ、マシュー


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トイレバスにはマルコ


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マシュー。


よっしゃ、今日はほどほどにがんばるぞー!



りさ


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2017年05月13日

・。★2017年度第3回例会のおしらせと第2回例会報告です!★・。



。・☆2017年度関東ウェーブの会

第3回例会を

6月3日(土曜日)におこないます☆・。



参加希望をされる方はこちらの「例会参加メール」に書き込みの上、送信下さい:http://bipolar.ac/kanto/enterfor-mail/index.html



詳細はおしらせ掲示板はチェック!




以下は2017年度第2回例会報告になります:






関東ウエーブの会が、みなさまにとって、ありのままで話し合える居場所になれるよう心がけていきたいです。よろしくお願いします(*^^*)



 関東ウエーブの会 スタッフ会議


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posted by 徒然 at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

。・★5月チャットデーのおしらせです★・。

welcomehamster.png

。・☆5月チャットデーは27日(土曜日)20:00〜22:00の予定です。是非ご参加を!

なかなかリアルでは出会えない同病者と、悩みをシェアしたり雑談したりするいい機会になれればです♪ チャットデーでは、スタッフも参加しますので、どうかこの機会にお気軽に覗いで行って下さい(^^) 参加もロムも大歓迎です♪


関東ウエーブの会HPの「チャット」ボタンをクリックすると「チャット待ち合わせ掲示板」に移ります。「チャット待ち合わせ掲示板」の「チャット」ボタンをさらにクリックするとチャット室に入ります。
チャット室のリンクです→
http://bipolar.ac/kanto/chat/perlchat/


チャット室はチャットデー以外の時間も自由にご利用できます。ただし健康(躁転防止)のため、深夜(22時〜朝6時)のご利用はお控えください。

                                    スタッフ一同

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ビートルズと時の流れ

お久しぶりです。

 うつが長くて長くて、寝込みっぱなしでした。今日は通院だったので、ラミクタールを200rから250rに増やしてもらいました。ラミクタールで少しうつが底上げできたものの、混合っぽく動ける期間ができた分、うつの反動も普通にあるようで、その不安定さを何とかしたいがために増やしたのですが、それで何とかなるのかなー。薬の調整は永遠のテーマのような気がします・・・

でもそうやって自分の心の動きを常に意識していく姿勢も生きる上で悪いことじゃないかなと思ってやっていこうかな。やれやれ。

何をどうあがいたってうつの期間が事前に決まっているようで、その上うつっていじわるで、その期間がどれくらいか教えてくれないから、その縛りが一番つらいかもしれません。

この数日少しだけ持ち上がってきたかな。だといいな。


 ちょっと調子が良い日は、大好きなビートルズ関係のテレビ(映画、ドキュメンタリー)を見ていたので、紹介したいと思います。ビートルズを拝んでいると、つらい日常から一時解放される・・。しかし、ああ癒された、かわいい!きゃー!ぐらいしかほんとは感想がないのに、見栄っ張りだからか、観念の奔逸で何でも意味を見出してつなげたがるからか、自分の病気(直近ではうつ)によって、時間の流れの感じ取り方が変わっていくことと「ビートルズの時代を超えた普遍性」みたいな気難しい感想文になりそうです。

 ずっとひきこもってだけど、実は自分は言うことがあるんだぞ!中身があるんだぞ!って、やっと自己表現ができるようになると、何か立派なこと言いたくなるのかもしれません。真意だからいいのだけれど、もっとスマートな文章を書きたいものだ笑 心情がスマートじゃないからしょうがないのかな笑 そういう複雑な気持ち含めて、もっと気持ちを整理する余裕が欲しいなぁ。

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 さて、本題に入りますが、去年はビートルズ日本来日から半世紀だったらしいですね!知らなかったんだけど、偶然、武道館のライブのコレクターズDVDをお母さんのクリスマスプレゼントに去年あげていたので、GWの間に一緒に観ました。ライブの1日目と2日目と、当時のニュース特集とか記者会見が特典で入ってました。

 あと、去年テレビで50周年ってことで3時間ぐらいの特集やってて、実家で録画があったのでそれも見ました。

個人的には、1日目の黒いスーツと赤いシャツの衣装が好き*^^*
 ポールが「どうもありがとう」を覚えられなくて「えーどうも、どうも・・・?」って言ってたのがかわいかった。でも日本語のありがとうは、どうもで充分伝わりますね笑
高画質のクリップは、二日目のストライプスーツのしか見つからなかったけど、こちら。足長い〜かっこいい〜きゃ〜笑:



 多分私は彼らのライブ最初から最後まで観たの初めてだったので、嬉しかったなぁ。

 ニュース特集とか、ファンの後ろで不服そうに立っているおじさんたちとか(当時はビートルズに対して世間の目はすごい冷たかったみたいで)映像の世紀並みに古めかしいのに、それに比してビートルズは時代を超えてかっこいいからやっぱり素晴らしいと思った反面、そのギャップがショックだったな。

 50年記念とか、私の中であまりおめでたくなかったです。60年代って時代性が好きだからと、美しい若い頃の記憶のまま更新したくないというのもあるけど(そういえば武道館にビンを持って行って、彼らと同じ空気をそこに収めて50年大事にとっておいたというファンがいたな)、ビートルズは時間と共に変わる生身の人間と思えないというか、もう永遠にビートルズはビートルズと思ってるし、自分の中でもゆるぎない存在になっているから、昔の人とか、今はもう存在しないとか、そういうリアリティを感じたくないのかも。

 例えると、50年で太陽の光はまったく衰えないと思うし、ビートルズの歌はそれほどのインパクトがあると思うのに、人間の中の内の光とか体なんて50年で風化、退化してしまうのかな、そんな儚さに触れたくないというか。


 そんな話しにつながるようだけど、ジョージの生涯についての「リビング・イン・ザ・マテリアルワールド」(物質的な世界に生きる。スピリチャルの逆的な)も観ました。前半後半合わせて3時間ぐらいでした。

 ジョージはビートルズの中で一番若いし、解散した時も確かまだ30歳になりたてぐらいで、すごい名誉と財産と、この世界で物資的に言えば手に入れられるものは何でも手に入れられる状況になっちゃって、それがかなり負担だったみたい。そこで貪欲さに溺れたり自分を見失わないように、解散後は内面の充実を求めて瞑想やらなにやら始めたらしい。インドの思想に没頭して音楽に影響があったのは有名かと思います。

 ビートルズ解散後のジョージの音楽って心からハッピーで、おとぎ話に出てくるようなお花に囲まれたお城に住んでて、一つのシーンでは日の出を奥さんと見ていたら、「僕はまさにあれを創りたいんだ!」って言ってたのがとても印象的でした。スピリチャルな探求ってうさんかさかったり小難しい印象が一見あるかもしれないけど、ほんとは一番心に素直な、栄養になる喜びを見つけて表現することなんだなと感じました。
 私はジョージの歌で「Here Comes the Sun」が多分一番好きなんですが、うつが晴れた時に、ああ太陽の日差しが来たよ、もう大丈夫!って暖かい空気がいっぱいの歌です。その歌がインドの音楽に影響されてビートが洋楽とはまた違うらしくて、リンゴがドラムでリズムを取るのが感覚任せで大変だったとか言っている、映画の中のインタビューです(ジョージの当時の奥さんを取っちゃった、エリッククラプトンも出てくる笑):

 


 しかしジョンが暗殺された直後に出された「イマジン」ってドキュメンタリーの時もそうだったけど、リアルタイムでなくてもビートルズメンバーの最期を見届けるって酷すぎる;;純粋に悲しいって言うのもあるけど、50年記念で感じたのと同じで生身の人間だって突きつけられるのが恐ろしいのかもしれない。うつなのに刺激が強すぎるものを見てしまいました。

 あとはアルパチーノ主演の「Dearダニー 君へのうた」というのも見ました。実在したミュージシャンで、走りたての頃のインタビューで「有名になったら自分を見失う恐れはありますか?」って聞かれて「あります」って答えたら、ジョンから「そんなの恐れることないよ!自分を信じなはれ!」って手紙が来たらしいんだけど、ダニーには届かないまま、そのまま大衆受けのポップシンガーになっちゃって、50年後ぐらいにやっとその手紙の存在を知って、アーティストとしての自分を取り戻そうと作曲に取り掛かるみたいな話しです。
 ジョンの歌がBGMで色々出て来てそれが嬉しかったな。アルパチーノも美しいし笑


 ジョンはビートルズ時代に「The Beatles are better than Jesus!」(ビートルズはイエス様よりすごいんだぞ!)って発言をして物議を醸しだしたけど、後のインタビューであの本位は、
 そのころの若い人はポップカルチャーとか現実ばかり見るしかなく、信じられるものがあまりも少ないから、例えば「イエス様」を象徴とした信ずるものがないから、ビートルズなんてアイドルを祭ることになっちゃっているんだよ、そんな社会でいいのかい?って言う問題意識をどっちかというと自虐的に発言したそうです。

 個人的にはいやいや、ジョンよ、君こそが神だ!って思うというか笑
 ビートルズの音楽は人のポテンシャルの限界性というか、とにかく人が時間の流れと共にただ生身の存在として失うものを失い、時代と共に忘れられたりさびれていく、そんな存在を超越していると思うけど、

 ジョンのメッセージも大事だと思うな。ジョージが自然を賛美するありさまとか、all you need is loveとか、そういう何か信じる気持ちを捨てたくないし、絵空事じゃなくて、そういう愛とか美しさが世にあるんだって心から信じて自分でもそれを形にしていきたいな。

 うつの話しに戻ると、うつの時にすぎる時間ってほんとに無意味に思えるし、何もできない日が過ぎれば過ぎるほど、自分の存在意義がかき消されるような思いにつぶされていって焦る。
 だけど、たとえ半年も一年も天井を見てぼーっと見たり、不安定さの中であがいたりすることしか病気が許してくれなくても、自分を否定しない姿勢でい続ければ、そういう信念は時間が奪えるようなものじゃないと思うし、くじけないでいたいな。

 結局こうやって上手く話しをまとめたがる笑 まあいいや、真意だから。

 ではでは!
                                    りさ




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